伝統の更新 履物 関づか
『履物 関づか』と共作した、
伝統の新しい形。
佇まいが細部まで上品で、はき心地もよく、長く付き合うほど味わいが増していくもの。祇園の老舗履物匠で十数年も職人頭として修業を積んだ関塚真司さんが営む『履物 関づか』に、ビショップが別注したのは、伝統的な手仕事にEVAソールを融合させたハイブリッドな一足。この草履はどのようにして作られたのだろうか? 京都・岩倉にある『履物 関づか』を訪ねた。
高層ビルもなく空がひたすら広い岩倉。急な坂の途中に『履物 関づか/岩倉AA』が。
京都市の中心部から北東へ約7kmの場所に位置する左京区岩倉。なだらかな山々に囲まれた郊外の閑静な住宅街を歩き、勾配のある坂道を登った途中にある淡い煉瓦色の古い建物が『履物 関づか/岩倉AA』。
左が『履物 関づか』 右が『岩倉AA』
オープンしたのはコロナ禍の昨年4月。木材を保管していた倉庫の内装だけをリノベーションしたそうで、高さ6mほどある天井から差し込む自然光が、関塚さんが作業する空間にきれいな光を落としていた。
丸太の上で作業するのが関塚さんの定位置。
「自然のBGMに惹かれたのもここに決めた理由の1つですね。というのも、店では音楽をかけないんですよ。鳥のさえずりとか、風の音とか、雨がトタンの屋根を叩く音が、なんとも心地いいんですよね」。
履物の“普通”を変える。
外観がちょっと“普通”じゃない。それだけでなく、店の形態も“普通”ではない。ぴしっとした着物姿の番頭さんが出迎えてくれるイメージとは真逆で、店内にはガラス越しに作業風景が見える『履物 関づか』が左手にあり、右側には『岩倉AA』という展示やイベントを行うギャラリースペースが併設されていて、アパレルのみならずスニーカーも取り扱っている。
『履物 関づか』の入口には、滋賀の老舗『林与』にオーダーしたアイリッシュリネンの暖簾が。
棚に並ぶサンプルをベースに素材や色柄などを話し合いながらデザインを決める。
「履物店っていうと、どうしても敷居が高い感じありますよね。既製品ではなく誂えの世界。一人一人の足を採寸して、対話しながら2ヶ月ぐらいかけて仕上げていきます。成人式や結婚式、パーティなど使い手の用途はさまざま。もちろん、そのオーダーメイドは『履物 関づか』で変わらずに行なっていますが、それだけに終始してしまうと、伝統が伝統のまま廃れていくんじゃないかという危機感があって。僕はそもそも着物を着ませんし、革靴もはきます。文明開化で、着物と洋服、革靴と下駄が混在していた明治時代のように、スニーカーやサンダルといった選択肢の1つとして履物を伝えたいんですよね」。
『岩倉AA』にある銅板テーブルと木製什器は、京都を拠点にする「ニュードメイン」の作品。
デザイン、クラフト、アート、ファッションと並列で履物が存在していて、古い固定観念の壁も、既存の“普通”も存在しない。そういう柔軟な考えの持ち主だからだろうか。ビショップからの「草履にEVAソールを組み合わせたい」という提案を、関塚さんは二つ返事で引き受けてくれた。
既存の型を破る、
伝統のアップデート。
「伝統を重んじる職人の中には、邪道だと言う人もいるかもしれないですが、大半の方は新しい! と評価してくれるんじゃないですかね。僕も次なる一手を模索していたので、EVAソールは画期的なアイデアだと思いました。時代のニーズに適応しながら伝統をアップデートしてきた履物の歴史を考えると、ビーサン感覚で洋服と気軽に合わせられるというのは潮流に適した進化だと思いますね」。
ビショップ別注のEVAソールの草履。
「土台や鼻緒は古くから分業制です。熟練の職人と連携を取り、最終的に組み合わせるのが僕の役目ですね」と淡々と話すが、単に組み合わせるといえど、そのシンプルな工程に技が隠れているのは想像がつく。快適なはき心地はどこにあるのだろうか?単刀直入に聞くと、完成間近の別の草履を見ながら教えてくれた。
草履の裏側にある結び目。この小さな世界に、上質さを左右する技が詰まっている。
「台に極小の穴を開け、隙間を作らずに鼻緒をすっと通すことで、端正な見栄えになると同時に、優しく包み込むようなホールド感が生まれます。そして、鼻緒の芯にある大麻紐を台の裏側で結ぶときも、ぎっちりと屈強に結ぶこと。見た目が美しくても、ほどけては台無しです。本当の上質さは、見えない部分にあるんです」。
乾き具合や、粘り。季節や天気でも変わってしまう繊細な大麻の紐。その特性を見極めるのは指先の感覚のみだという。そしてサイズを決めるのも機械ではなく手作業。人差し指と中指の間を鼻緒に入れたとき手にかかる圧でわかるそうだ。
EVAソールは軽くてクッション性も高く、はき始めから柔らかいのが特徴。
精緻な編み込みが見惚れるほど上品な竹の皮の台と、しっとりとした光沢を放つシープレザー製の鼻緒。その2つを組み合わせ、美しく上質なはき心地に仕上げ、最後にEVAソールで柔らかいクッション性を与える。派手さはない。過度な主張もない。なのに、そこにあるだけで無言の説得力があるのは、ハンドクラフトとトラディショナルとコンテンポラリーがバランスよく共存しているからだろう。
「着物だけでなくジーンズやトラウザーと合わせるのも面白いですよね」と伝えると、「〈パタゴニア〉のナイロンショーツとも絶対相性がいいですね」と関塚さん。「履物文化をフラットに押し上げるのが僕の使命です」。そう話す彼の目線は、伝統の未来だけを見据えていた。