kijinokanosei = 生地の可能性 kijinokanosei = 生地の可能性

生地を主役に据え、日本各地の機屋や職人たちとの対話から
オリジナルファブリックを生み出す〈kijinokanosei〉。
完成した生地が、どんな服になるのか。
その答えは、生地が織り上がってから見えてくる。
プロデューサーの吉川修一さんとデザイナーの田中喜子さんに、
生地づくりへの想いと、
日本のものづくりが持つ可能性について話を聞いた。

Profile

kijinokanosei デザイナー

田中 喜子さん

テキスタイル業界で20年以上のキャリアを持ち、 生地デザイナーとしても活動している生地のプロフェッショナル。

株式会社STAMPS 代表取締役

吉川 修一さん

アパレル企業で経験を積み、2013年に株式会社STAMPSを設立。 ライフスタイルや素材にこだわったブランドのディレクショ ンなどを手掛けている。

Interview

生地が主人公のモノづくり

まずは〈kijinokanosei〉について教えてください。

吉川:2022年AWにスタートした〈kijinokanosei〉は、その名のとおり生地の可能性を追求したブランドです。誕生のきっかけは、生地デザイナーでもある田中との出会いです。知り合いから紹介されて初めて話したとき、彼女はこれまで集めてきた膨大な生地の資料を見せてくれました。彼女がこれまでやってきたことは、ブランドとして発信すべきだと直感しました。そして、同時に、日本の生地を世界へ発信するブランドにしようというコンセプトも浮かびました。

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2025年に「バウハウス・デッサウ校」で行われた
100周年特別イベントでの
〈kijinokanosei〉のプレゼンテーション。

2025年に「バウハウス・デッサウ校」で行われた
100周年特別イベントでの
〈kijinokanosei〉のプレゼンテーション。

そもそも田中さんが生地に興味を持つようになったのはいつからなのでしょうか。

田中:洋服が好きなこともあり、10代のときから近所の生地屋さんに行って、少しずつ生地を買い集めていました。織物の構造がタテ糸とヨコ糸でできているところが私にとってはすごく魅力的だったんです。20代に入ってパタンナーとして働いていましたが、向いてないと気づいて(笑)、25歳のときに世界三大毛織物の産地である尾州の生地の会社に入社しました。そこからはずっと生地に携わる仕事をしています。

生地にこだわるブランドは数あれど、生地が主役のブランドはなかなかないですよね。

吉川:それは田中がずっとやりたかったことなんです。ブランドはデザイナーが前面に出ますが、〈kijinokanosei〉はブランドのスタッフ、機屋さん(機織りの業者)をはじめ生地づくりに携わっていただいている人たち、さまざまな地域の人たちとチームでブランドを育てているような気持ちで取り組んでいます。

田中:私たちのブランドは、生地を作るところから始まります。どんなアイテムを作るか決めるのは、生地が完成してから。生地を一番に考えたモノづくりをしています。

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アパレルに加え、
ブランケットなどのホームアイテムも展開。

ブランドを代表する生地を使用したシートパッド。
〈アルテック〉の“スツール60”や、
“ドムスチェア”用も展開。

それはすごく珍しいですね。生地のアイディアはどこから得ているのでしょうか。

田中:いつもふとしたときに思いつくんですよね。ぼんやり散歩をしながらとか。すると、日本各地の職人さんたちの顔が思い浮かぶんです。最近改めて気づいたんですけど、人と話していると湧いてくることも多いですね。例えば、電話で職人さんとたわいもない話をしていたら、やりたかったことを思い出すんです。そして「あれできましたっけ? 」などを聞いたりしているうちに、考えがまとまってきます。

てっきり田中さんが所有するヴィンテージ生地などが、アイディアの源になっているかと思っていました。

田中:もちろんそれもあります。今回ご紹介する“hisui(翡翠)”のようなツイードは、組織見本がベースになっています。建築でいう設計図のようなものなのですが、ツイードの組織は時代によって変わることがほとんどありません。この織り組織を元に、かわいく仕上げるにはどういった糸が向いているのか、どんな打ち込みで織り上げればいいのか。組織見本をもとに機屋さんと話していっても、イメージと違う生地ができあがることもあります。織機のクセや職人さんそれぞれの個性が重なり合うことで、思いがけない表情の生地が生まれることもあります。

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愛知県一宮市で織り上げられた
ブランドのアイコンファブリック“hisui(翡翠)”で
仕立てたノーカラージャケット。
メランジ感のある個性的な糸を組み合わせることで、
唯一無二の表情を生み出している。

愛知県一宮市で織り上げられた
ブランドのアイコンファブリック“hisui(翡翠)”で
仕立てたノーカラージャケット。
メランジ感のある個性的な糸を組み合わせることで、
唯一無二の表情を生み出している。

お話を聞いていると、〈kijinokanosei〉の「可能性」はいろいろな意味がありますね。機屋さんや田中さんたちのアイデアが融合することで生まれる生地の可能性。そして、その生地からどんなアイテムが生まれるのかというプロダクトの可能性。

吉川:まさにその通りで、私は「可能性=希望」と捉えています。できあがった生地は、携わっていただいた方たちの集大成。その生地がなにに適しているかも蓋を開けてみないとわからないし、国内外のお客様に好んでいただけるかもわからないけど、希望としてやりたいところもあって。だから「可能性=希望」と捉えているんです。

田中さんが作りたい生地に対し、機屋さんにそれは無茶だよって言われることもあるんですか?

田中:そういったことは昔からありますが、今は無茶をさせる時代ではないとも思っています。あと、無茶なお願いをしたときに、本当に無茶だからやめてくれという機屋さんと、無茶だけどやってみようかなという機屋さんがいまして。機屋さんや職人さんの個性によるところもありますね。

吉川:田中は「協業」という言葉をよく使います。本当に職人さんとよく話していて、労働時間の半分くらいは電話をしているんじゃないかというくらい(笑)。その声が会社のBGMになっています。その会話から生地が生まれているのもわかっていますし、〈kijinokanosei〉はそんな職人さんたちとの協業で生まれているブランドだとつくづく思います。生地に対して私はほとんどノータッチなので、どんな生地が上がってくるのか毎回楽しみにしているんですよ。

田中:日頃から密にやり取りしている機屋さんをはじめ、生地は染工場や紡績工場、繊維工場などたくさんの方たちが携わっています。いわゆる分業制になっているのですが、どこが欠けても生地は完成しません。ただ、職人の高齢化などの問題で廃業してしまう話も聞くようになり、危機感も感じています。それが分業の怖さであり、日本の現状でもあります。

逆に分業の面白さはどんなところですか?

田中:それぞれの持ち味が生きるところでしょうか。その道のプロフェッショナルが携わっているので、私の想像を超えることもたくさんあります。ある時は異なる5色の糸を撚って1本の糸にしてみたり、難しい織りだからといって織機を改造してくれたり。私が全て指示を出すのではなく、それぞれのプロに任せる。だから面白い生地に仕上がるんですよね。

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愛知県一宮市にて、
マフラーの製作を担当する今枝さん。
織りや整理加工もできるパイオニア。

同じくマフラーを製作する小川さんは、
〈kijinokanosei〉チームと共に生地づくりを楽しむ、
かけがえのないパートナー。

“hisui(翡翠)”を織っている水野さんは、
技術を継承するべく日々勉強中の若手の職人。

それもひとつの可能性ですね。当然ですけど、生地は全てオリジナルですよね?

吉川:そうですね、全てオリジナルです。経営という視点では効率はよくないかもしれませんが、ブランドのフィロソフィを表現するのは、オリジナルしかないかなと思っています。現在は生地のみを販売することはないですが、ゆくゆくはファブリックブランドとしての地位も確立し、世界に発信したいですね。

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ロンドンの「ジャパン・ハウス」での
イベントのために制作した、
ニードルパンチによる生地の標本。
Japan House London

職人たちとの挑戦から生まれた、
通称“鬼ワッフル”。
圧倒的な存在感を放つ、
優しくも迫力ある表情が魅力。

〈kijinokanosei〉の生地は、さまざまな地域で作られていますが、それは全て田中さんが選定しているのですか?

田中:私が25歳のときに初めて尾州で入社した会社は、アパレルと機屋さんをつなげる立ち位置でした。幸運にも尾州だけでなく、浜松や桐生、新潟といった他の産地とも取り組みを行っていて、日本中の機屋さんを見ることができたんです。そのときからのお付き合いもありますし、今は紹介や口コミでさらに広がっています。各機屋さんの得意不得意、職人さんのキャラクターなども加味して決めています。

今回ご紹介するジャケットに使用している“hisui(翡翠)”は、尾州産地である愛知県一宮市で織られているんですよね?

田中:そうですね。糸の紡績や染色も一宮市になります。“hisui(翡翠)”を作ってくださっている機屋さんは、本来はこういったツイード生地は得意ではないんです。ただ、目指す方向が同じで、いいものがきちんとわかっている方で。そうすると得意不得意は関係なく、お互いに楽しみながら生地を作れるんですよね。そういったところはメールのやり取りだけでは気付けないですし、だから職人さんたちと話すことは大切にしたいと思っています。

確かにそうですね。“hisui(翡翠)”というネーミングは作る前から決まっていたのでしょうか。

田中:ネーミングは後付けが多いです。〈kijinokanosei〉に使用している生地は、基本的にシーズンテーマなどは設けていません。職人さんたちとの協業で成り立っていますし、テーマに縛られずに自由な発想で作りたいとも思っていて。“hisui(翡翠)”は私がグリーン好きで、グリーンの生地を作りたいというところからスタートしています。

グリーン以外に、どのような風合いにしたいなどのイメージはありましたか?

田中:組織の見本はありましたが、そこまで複雑な組織ではないんです。そもそも組織はタテ糸とヨコ糸で表情が変わり、ウールだとどうなるか、太い糸だとどうなるかというのを考えていきます。“hisui(翡翠)”はマフラーに適した素材を作りたいという想いもあったので、肌あたりがいいものを目指しつつ、あとは職人さんたちと対話しながら仕上げました。

トーンが異なるグリーンをミックスしているように見えるのですが、実際は何種類の糸を使っているのですか?

田中:グリーンがそう見えるのは、ウールとアクリル、シルクが混ざった混紡糸だからです。品質によって染料の入り方や染まり方も変わるので、それによってムラ感が生まれるんです。あと、ニット糸をゆっくり織り上げているので、ふわっとした生地に仕上がっているのもポイントですね。

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ふんわりとした柔らかさを保つため、
ゆったりと間隔をあけて織り上げていく。

“hisui(翡翠)”に使用する糸は、
手間をかけた特別な工程を経るため、
別注で数年分の糸を仕込んでいる。

最後に、今後の展望を教えてください。

田中:生地を好きな方にもっと知っていただきたいと思っています。その第一歩として初のワークショップも開催しましたし、今後もそういった機会を増やしていきたいですね。

吉川:まず、日本の生産背景が年々衰退していると感じることが多く、世界にもっと日本の生地の素晴らしさを知ってもらいたいと思っています。さらに経営者としては、それこそ生地の可能性を広げていきたいところですかね。これまで日本の生地はずっと黒子でした。世界的に有名なブランドも使用しているのに、それを明かしていないですよね。でも、日本の生地も〈マリメッコ〉のように、生地そのものがブランドとして認知されてもいいと思うんです。それを〈kijinokanosei〉と共に実現していきたいですね。

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ヘルシンキデザインウィークの⼀環で
「Helsinki Playground」との
限定コラボ商品を発表したローンチイベントの様子。
Photography:Henri Vogt

ニードルパンチで制作したブランケットやラグ、
クッションを展示・販売。
Photography:Henri Vogt

ヘルシンキの「Artek Helsinki Store」での
クリスマスシーズンのディスプレイ。
Photography:Henri Vogt

ヘルシンキの「Artek Helsinki Store」での
クリスマスシーズンのディスプレイ。
Photography:Henri Vogt

All Items

“ hisui (翡翠) ” fringe jacket

“ hisui (翡翠) ”

fringe jacket

¥55,000

カーディガンのように軽く羽織れるノーカラージャケット。宝石箱の中の翡翠(ひすい)のように、鮮やかなグリーンが印象的。ランダムにブレンドされたウール・アクリル・シルクの糸で、手紡ぎのような温かみのある表情が魅力。

“ kohaku (琥珀) ” fringe jacket

“ kohaku (琥珀) ”

fringe jacket

¥55,000

“hisui(翡翠)”と同組織で色違いの“kohaku(琥珀)”のノーカラージャケット。その名の通り琥珀を思わせる、温かみのあるオレンジとブラウンが美しい一着。

“ yaso (夜想) ” short jacket

“ yaso (夜想) ”

short jacket

¥69,300

クラシックなベルベット生地のキルティングジャケット。夜の公園で、花のアーチをくぐり抜けるイメージで小花の刺繍が施された “yaso(夜想)”。福井県の工場で織り、染め上げ、富山県の工場で刺繍された生地。あえて毛並みをランダムに、ムラ感を出して染め上げることで、上品でありながら程よい抜け感もある一着。